近年、ESG・サステナビリティ・脱炭素といった概念は、メディアで注目されるバズワードから、あらゆる業界に実際の価値と現実的な影響をもたらすビジネス指針へと変化しています。
化学物質規制は同じほどの注目は集めていませんが、その動きは同様です。化学物質規制に関する認知が高まる中、主要国政府や有力な規制当局、そして著名な非営利団体・アドボカシーグループも、現在生活のあらゆる場面に浸透している何万種類もの化学物質に対して、年々一層の関心を寄せています。
化学物質規制の中心にあるPFASの存在感
こうした懸念の高まりが最も顕著なのが、ペルフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル物質、通称PFAS(有機フッ素化合物)です。約1万5,000種あるこの化学物質群は、優れた耐久性やレジリエンス、耐熱性・耐水性・防汚性・耐油性など、非常に魅力的な特性を持っています。こうした特徴から、ノンスティック調理器具や食品包装、洗浄剤、防水衣料品など、幅広い製品で使用されてきました。しかし、健康被害を含む悪影響が明らかになりつつある今、複数の国や規制当局はPFAS規制を強化し始めています。
米国でもPFASは環境規制の中心課題となりつつあります。バイデン政権下でEPA(米国環境保護庁)は、PFASの蔓延を理解し対策するために「戦略的ロードマップ」を策定。このロードマップでは、PFAS汚染対応のための数十億ドル規模の緊急資金供与、飲料水中PFASの全国基準案策定、現在非活性とされる329種のPFAS使用を大幅に制限する重大新用途規則(SNUR)の導入などが含まれています。
:quality(85))
TSCAの新しいPFAS報告義務の解説
昨秋、EPAは商業分野でのPFAS使用実態を把握するため重要な一歩を踏み出しました。10月11日、同庁は有害物質規制法(TSCA)8(a)(7)条「ペルフルオロアルキル・ポリフルオロアルキル物質に関する報告・記録保持要件」に基づく規則を発出。新たなTSCA規則では、約1,400種のPFASを製造・輸入するすべての企業に対し、EPAへの詳細な報告が義務付けられます。(TSCAによる新PFAS規則に加え、一部の州では特定PFASの全面禁止に向けた法案策定も進行中です。多くは施行まで数年かかりますが、先手を打つ企業はすでに自社製品からPFASを排除する戦略策定に着手しています。)
TSCAの新しいPFAS報告要件は一度限りのコンプライアンス義務です。事業者は、2011年1月1日から2022年12月31日までの12年間に遡ったPFAS使用実績の報告が必要です。報告情報には、PFASの一般名・CAS番号・化学組成、製造・輸入量、製品中の最大濃度、製造や廃棄時の副生成物などが含まれます。(2月公開の記事でTSCA新規則の詳細を解説しています。)企業は約18カ月の報告期間があり、規則は2023年11月に発効、報告受付は2025年5月に終了予定です。一部の小規模メーカーには、追加の6カ月猶予(2025年11月締切)が与えられています。
PFAS報告用データ入手の困難
EPAの新PFAS要件は一見単純ですが、必要な全データを自社内のみで収集できるとは限りません。EPAの最終規則では、「知識のギャップを埋めるべくデューデリジェンスを実施することが必要になる」と明記されており、「上流サプライヤや下流ユーザー、またはメーカーの従業員や代理人(研究開発・輸入・生産・マーケティング担当者等)への確認」が想定されています。
こうしたケースバイケースでの調査は、決してスムーズに進むとは限りません。多くのサプライヤ自体が報告義務の対象外である場合、PFASに関する情報開示依頼への協力意欲も低くなりがちです。加えて、貴社がTSCA 8(a)(7)や州レベルでのPFAS禁止に備えようとした際、下記の理由によりデータ入手が意外と難航することがあります。
1. 小規模サプライヤ・SMEの対応力不足
貴社サプライチェーン上の一部サプライヤは、小規模で人員やリソースが限られ、十分な対応体制が取れない場合があります。SMEであれば、PFAS報告やその他コンプライアンス関連の依頼に継続的に対応できる担当者またはチームがいないことも珍しくありません。
こうした場合、多くは営業担当が窓口となり、社内の複数部門を個別に調査しなければなりません。しかも、その担当者自身は通常、収益に直結する他業務を優先せざるを得ず、遡及的な情報請求は後回しになりがちです。
要するに、営業担当にとって自分が発信するEメールや電話の一連のやり取りが売上につながらないと分かれば、その依頼は自然と優先順位が下がってしまいます。
2. サプライヤがFMD(全含有物質情報)を企業機密と見なす場合
サプライヤがPFAS情報を迅速に伝達する有効な手段が全含有物質情報(FMD)ですが、すべてのサプライヤがFMDを快く開示するとは限りません。一部メーカーはFMDの一部を自社の独自性や競争優位性を担保する企業機密(トレードシークレット)と見なすため、提供を極度に渋ることがあります。FMDには原材料や特殊な素材、独自配合、製造プロセスなど、知的財産となり得る内容が含まれるため、サプライヤとしては安易に外部へ開示したがらないのです。したがって、FMDこそ最短ルートですが、機密情報が含まれる場合は入手が極めて困難になります。
3. メーカー側でPFAS記録が一切保管されていない場合
ECHA(欧州化学機関)やEPAを中心にPFAS規制が強化され、厳格な禁止が現実味を帯びている今、メーカーによる使用実績管理は急務のように見えます。しかし実際には、各国・各地域で規制体制の進捗には大きな差があり、例えば日本(PFASの一部使用禁止・飲料水基準策定)を除けば、アジア圏の多くでPFAS規制はほぼ皆無か限定的です。このため、同地域のサプライヤに依頼しても、必要な情報に行き当たらないケースがあります。
PFAS規制が緩い地域のメーカーでは、そもそもPFAS使用状況を管理していないことも。その場合、10年以上前からの12年分の記録となると、EPAが要請する水準を大きく下回る恐れがあります。しかし、TSCA新規則には、データの現存が難しい場合や入手不可能な場合の救済措置として、「Not Known or Reasonably Ascertainable(NKRA:把握不能または合理的な範囲で入手できない)」という選択肢があります。
Z2Data社内コンプライアンスエキスパートのKelsey Brownは、「たとえ十分な結果が得られなくとも、デューデリジェンスを実施すれば、その努力でTSCA 8(a)(7)義務は基本的に果たされたと見なされる」と語ります。「サプライヤに連絡する努力さえすればよい」ということです。一方で、「NKRAの報告は本当に合理的に入手困難な場合に限定すべき」とEPAも注意喚起しています。
4. サプライチェーン上で調査対象を誤っている場合
米国内の企業が、自社製品中のPFASの実態を調べようとサプライヤに直接問い合わせても、そのサプライヤ自体が更に複数の下請けサプライヤを抱えている場合、必要な情報にたどり着く過程が一層複雑化します。Brownは「サプライチェーン全体の可視化が重要」だと強調し、「どのプロセスや部品でPFASが使われやすいかを把握すれば、ハイリスクな部品を特定し、PFAS規制対応策の立案につながる」と述べています。
TSCAのPFAS報告義務や将来的な州レベルの禁止に対応するには、サプライチェーン全体を細部に至るまで可視化し、どのサプライヤや下位サプライヤに連絡すべきか明確にすることが必要です。今はこのような複雑なデューデリジェンスが過剰に思えるかもしれませんが、PFASに対する規制が一気に進み、最大含有量基準・全面禁止・追加規制が求められる将来、きっとその努力は大きな価値を生みます。
:quality(85))
非協力的サプライヤに対するPFAS対応プラン策定
上記のような理由でサプライヤからPFAS情報が入手できない組織にも、いくつかの対応策があります。来年以降高まるEPAのPFAS報告義務や将来予想される規制強化に備え、多くの企業は詳細なデータ確保を重要課題と捉えるようになっています。自社で独立機関による素材検証や化学分析を外部ラボに委託する選択肢もあります。コストはかかりますが、コンプライアンス対応には不可欠になる場合もあり、処方見直しを検討する上でも第一歩になることがあります。
また、不応答あるいは情報非開示のサプライヤからデータが得られない場合、今後のサプライチェーン見直し(透明性の高いサプライヤへの切替)を検討するのも有効です。Brownは「環境コンプライアンスは今後もなくなることはない」と強調しており、データ取得プロセスを将来的に円滑化したい場合は「より透明性の高いサプライヤへの切替が最適」としています。
いまPFASの特定・規制・制限に向けた業界規模での動きは、始まったばかりです。戦略的な先見性を持つ組織は、EPAの一度限りのPFAS報告義務だけでなく、規制対応の本質が有害物質の数年にわたる段階的廃止と、より安全で持続可能な代替素材導入という新時代の到来であることを見据えて動き出しています。