自社が何年も製造業に携わってきた企業だと想像してください。すでに業界のルーティンも身についており、日々の業務の流れもほぼ予測できます。しかしある日、これまで聞いたこともない法規制について、製品の含有物質情報の提供を求める内容のメールがクライアントから届きます。これまで他のクライアントからこのような要望を受けたことは一度もありません。該当しないだろうと考え、特に対応せずそのままにしました。その後、音沙汰もなかったため気に留めていませんでしたが、翌年、規制対象物質を含む非適合製品の件で通知を受けてしまいます。ここで法的代理人を立て、監査・訴訟・罰金対応、そして企業イメージの失墜に備えなければならなくなります。しかし、自分が知らなかったことで責任を問われることはないはず…と思っていませんか?
「知らなかった」は裁判では通用しません。
サプライチェーン全体に影響を与える規制
市場に製品を投入する責任の一環として、その市場に影響を与える要素を理解し、自社がクライアント以外のサプライチェーン内でどのような役割を担うか認識することが必要です。これは多層的な製品規制や、自社製品におけるサプライチェーン上の役割も含みます。クライアントの一社が直面する規制は、必ずしも他のクライアントには該当しない場合があり、他社のコンプライアンスポリシーや運用について把握できていないこともあります。
環境コンプライアンスとサプライチェーン上の責任
実は、環境規制の多くは上市後の調査・監視(ポストマーケットサーベイランス)によって強化されています。また近年では、サプライチェーン内の複数の関係者が「自社製品に使われている部品にどのような含有物質があるか」を把握しておくことが求められる規制が増えています。このような背景から、サプライチェーンプレイヤーには「コンプライアンスであることが前提とされる状態」、すなわちデフォルトコンプライアンス(presumption of compliance)が求められる傾向が強まっています。
デフォルトコンプライアンスとは
デフォルトコンプライアンスとは、その法規や規制についての知識や認識の有無に関わらず、特定市場で製品を販売した時点で「コンプライアンスを満たしている」とみなされ、その責任を負うことを意味します。
デフォルトコンプライアンスに潜むリスク
デフォルトコンプライアンス規制の一部は最終企業に責任を課し、他はサプライチェーン内の複数プレーヤーに責任を課すなど、適用範囲は様々ですが、大半の製品規制はサプライチェーン全体でのデュー・ディリジェンス(適正手続き)を求めています。自社が最終企業でなくとも、クライアントの法的義務遵守のために調査対象となることがあります。適切な情報を提供できない・協力しない場合、クライアント側はリスク対応のために追加コストを負担せざるを得ません。デュー・ディリジェンスが業界標準となりつつある今、クライアントは自社製品のマテリアル情報を的確に提供できるサプライヤを優先的に選定し、情報力の劣るサプライヤとの取引は見直される可能性があります。
重大な財務リスクを伴う非適合
コンプライアンス前提の運用には、特に規制・法的文脈で多くのリスクが伴います。デフォルトコンプライアンス(assumed complianceとも呼称)は、基準や規制遵守の体制維持・確認の意識を希薄化させる可能性があります。その結果、長期的には重大な非適合問題が見過ごされ続けて深刻さを増します。コンプライアンスが前提とされる中で非適合が発覚した場合、法的制裁や罰金・訴訟といった大きなペナルティが科されることがあります。特にペナルティの内容が非適合期間の長さに連動する場合は財務面で甚大な影響を及ぼします。
非適合は組織の評判を著しく損なわせ、顧客の信頼やステークホルダーの評価を失墜させます。これにより、リコールや財務的損失などの長期的な悪影響も発生します。また、金融規制の不遵守は特定市場での事業継続そのものに影響し得ます。非適合の発生によって規制当局から徹底的な監査や調査が入ることもあります。さらに、デフォルトコンプライアンスに依存することで、規制や基準が頻繁に変化する環境下では、陳腐化した基準に従った運用となりやすく、より頻繁な監査や厳格な規制、困難な事業環境を招きます。
環境コンプライアンス対策のためのプロアクティブ戦略
こうしたリスクを軽減するため、組織はサプライチェーンのどの段階に位置しているか、またどの規制に精通しているかに関わらず、事前の強固なコンプライアンスプログラム、定期的な内部監査、継続的なモニタリング、透明性・説明責任の文化の構築を推進すべきです。デュー・ディリジェンスプログラムの優先実施、専門家との協働、FMD(Full Material Declaration: 完全含有物質開示)の導入により、規制変更への迅速な対応や新たな障壁への適応力を高め、デフォルトコンプライアンスを含むあらゆる市場規制への適合を効率的に実現できます。
FMDの活用により、EUのREACH(Registration, Evaluation, Authorisation, and Restriction of Chemicals)、各地域のRoHS(Restriction of Hazardous Substances)、さらには仮定適合規制であるCalifornia Proposition 65(CalProp)やU.S. Toxic Substance Control Act(TSCA)といった環境規制の事前対応が可能となります。詳細かつトレーサブルなマテリアル情報を備えることで、規制当局による監査・検査においてコンプライアンスを証明しやすくなり、サプライチェーン全体の透明性が向上します。また、潜在的な有害物質リスクの特定・管理や、これまで対応経験のないクライアントからの問い合わせにも迅速に対応できます。
コンプライアンスで築く持続可能な未来
プロアクティブなコンプライアンス体制は、CSR(Corporate Social Responsibility: 企業の社会的責任)やサステナビリティ目標とも合致し、環境への責任感を示します。消費者は製品の環境負荷に関する透明性を強く求めるようになっています。確固たるコンプライアンスプログラムは、企業が環境責任を果たしていることを訴求し、顧客の信頼とロイヤルティの構築に寄与します。環境規制への迅速な適応とコンプライアンスを満たす持続可能な製品の提供が、資材調達の効率化・有害物質の管理コスト削減・高額な罰金や制裁の回避につながり、市場での競争優位性を確立できます。
柔軟かつ透明性の高いコンプライアンス体制を取り入れることで、企業は現在の規制への対応だけでなく、サステナビリティと環境責任におけるリーダーとしてのポジションも確立できます。この戦略的な取り組みが、環境意識の高まる市場での長期的な成功とレジリエンスを支えます。